知り合いの農家の方が、ビニールハウスでイチゴ栽培をしておられるのですが、そのハウスにて、IoTデバイスを使って温度を観測しています。
10月下旬から調査を開始したのですが、2月も下旬となり、そろそろ寒い時期も終わりつつあるので、この辺りでこれまでの調査結果をまとめておきたいと思います。
目的
イチゴ栽培においては温度管理が肝心なようで、普通は冬季にビニールハウス内で暖房を使ってイチゴを育てます。
特にクラウンと呼ばれる株元の温度により、成長の具合が大きく変わってくるそうで、クラウン周りの温度が5度を下回ると、イチゴは休眠状態になってしまうとのことです。
知り合いの方は、「環境にやさしい」イチゴの栽培を目指しておられ、今シーズンは化石燃料による暖房を全く使用せずに、ビニールハウスでイチゴを育てたいと考えておられます。
化石燃料代わりの対策として、
- 畝の表面(株の近く)に、ホースで地下水(温度が安定している)を循環させることで、クラウン周りの温度の低下を和らげる。
- 空気中の湿度をあらかじめ上げておくことで、水蒸気が水に変わるときの凝縮熱により、温度の低下を和らげる。
などを試しておられます。
これらの対策と並行して、実際にクラウン周りの温度がどのようになっているのか把握する必要があるということで、IoTデバイスを使って温度の長期間測定を実施することになりました。
実施内容
IoTデバイスで株の周りの温度を測定し、そのデータをWebサーバに送信・蓄積します。
今回は温度対策として、クラウン周りに対して局所的な対応をするということですので、ハウス内の場所によって温度が異なるということも起こり得ます。そのためIoTデバイスを4台準備し、それらをハウス内の別々の場所に設置します。
また、ハウス内に「モバイルWi-Fiルータ」を設置します。IoTデバイスからのデータは、モバイルWi-Fiルータ経由でWebサーバに送信されます。
ハウスには電源が引き込まれているので、モバイルWi-Fiルータは、その電源を使って稼働させます。
ただし、4台のIoTデバイスへの電源引き込みは大変なので、IoTデバイスは電池で稼働させることとします。
IoTデバイスとしては、当初は「Timer Camera F」+「ENV IIIユニット」を使っていましたが、途中から「M5Stamp Pico」+「ENV IIIユニット」に変更しています(詳細は後述)。
実施中に生じた問題および対策
「Timer Camera F」の問題
当初、IoTデバイスは、(1)内蔵バッテリーで長期間連続稼働できるもの、(2)工作などの面倒が少ないもの、(3)安価なもの、という理由で、「Timer Camera F」+「ENV IIIユニット」の構成としていました。
この構成であれば特別な工作なども不要(両者をGROVEケーブルでつなぐだけ)で、内蔵バッテリーを使って20日程度連続稼働できる見込みでした。これであれば、シーズン中に1台あたり5〜6回充電すれば良く、十分対応可能と考えました。
ところが、実際に4台のデバイスをハウスに設置したところ、そのうち1台は想定どおり20日程度連続稼働できたものの、残り3台は数日でバッテリーがなくなってしまいました。充電し直しても状況は変わりません。
原因は結局不明のままですが、これまでこのような現象が生じたことはなかったことから、今回は「温度が低い」ことや、それに伴う「内蔵バッテリー電圧」への影響によって、デバイスの個体によって挙動がおかしくなってしまったのではないかと推定しています。
「Timer Camera F」への対策は困難なことから、結局はIoTデバイスを「M5Stamp Pico」に変更しました。
具体的には、「M5Stamp Pico」+「ENV IIIユニット」+「電池ボックス」+「単三型Ni-MH電池4本」という構成を採用しました(詳細は こちら)。
作成したデバイスは以下です。左が「Timer Camera F」版、右が「M5Stamp Pico」版です。
加工の手間は格段に増えてしまいましたが、費用は「Timer Camera F」版と同程度に収まりました、「単三型Ni-MH電池」で半年以上にわたり連続稼働できる見込みです。
IoTデバイスの変更は、12月上旬に行いました。
防水対策
当初は、(1)IoTデバイスの設置場所はビニールハウス内なので雨もかからない、(2)イチゴへの水やりはチューブを使って株近くに直接散水しているのでIoTデバイスにはかからないことから、IoTデバイスに防水対策は不要と考えました。
そのため、IoTデバイスはビニール袋に入れただけ、センサ(ENV IIIユニット)は日除けを付けただけの状態で、ハウス内に設置していました。
ところが、IoTデバイスを「M5Stamp Pico」版に変更して1ヶ月ほどたった1月中旬、複数台のデバイスが相次いで停止してしまいました。
机上計算では半年以上は稼働できる見込みだったので、想定よりも短すぎます。
何か原因があるのではと考え、現地に訪問してみたところ、デバイスを入れたビニール袋の中が水浸しになっていました。
原因は、前述の「凝縮熱による温度低下対策」でした。
水蒸気が水に変わる際に発生する熱を使って温度低下を抑制するため、気温が下がる夕方に、空気中にミスト状に散水し、湿度を100パーセント近くにしておきます。
その後、気温が下がると、それに伴って水蒸気が水になり、その時に熱を発生するという仕組みです。
これを毎日行なっていたため、「湿度の高い空気がビニール袋の隙間から袋の中に入ってくる」→「気温が下がって水蒸気が水になり、袋の中にたまる」というのが繰り返され、これにより袋の中が水浸しになってしまったようです。
あわてて、百円ショップのパッキン付き容器をつかってケースをつくりました(詳細は こちら)が、それまでに水に浸かっていた影響もあり、その後も動作がやや不安定な状態が続いています。
結果
採取した温度データをグラフ表示した結果は以下のとおりです。気温が下がってきた12月中旬以降を表示しています。
結局、4台のデバイスの採取データ間に大きな相違はなかったため、1台分のみピックアップしています。
1月中旬は、前述の問題により、データが採取できていません。
やはり夜間は、頻繁に5度を下回ってしまっています。
実は、近隣(といっても直線で6キロほど離れていますが)の畑(露地)にも同様のIoTデバイスを設置して、温度データを採取しています。
こちらで採取した温度データと重ね合わせてみました。
昼夜を問わず、ハウス内の温度は露地より10度程度高くなっています。
ただし、人為的な温度低下対策の効果は、あまりないように見えます。温度を5度以下に下げないための方策については、もっと検討する必要がありそうです。
肝心のイチゴの収穫についてです。
定量的なデータは取れていないのですが、年末から1月にかけて収穫した一番花房のものについては、収穫量は例年よりも若干減ったが、大きさなどは同等だったとのことです。
それに対し、現在収穫している二番花房のものは、収穫量が例年よりも若干少ない他、大きさも若干小さいそうです。
現在収穫しているものは、ちょうど寒くなった頃に開花したものなので、寒さの影響を大きく受けているのかもしれません。
ところで、このイチゴをいただいて食べてみたのですが、これまでに食べたことがないほどの甘さでした。
あまりにビックリしたので糖度を測ってもらったところ、「16.5度」とのことでした。
専門家の方に伺ったところ、イチゴは低温でゆっくり成熟させると、甘くなり酸味ものってきて、むちゃくちゃおいしくなるそうです。今回のイチゴが甘いのには、ちゃんと理由がありました。
生育が遅いので収穫量は少なくなりますが、「環境にやさしい」+「低温完熟でおいしい」という、すばらしいイチゴだと思います。
紆余曲折はありましたが、数ヶ月にわたってデータを採取することができました。
また、実際に長期間にわたってやってみないと分からないような知見も、いろいろ得られました。
費用的にも、IoTデバイスの材料費は1台数千円程度、通信に使うのはモバイルWi-Fiルータ(1万円程度)+SIMカード(月々500円程度)と、比較的安価に収まっていると思います。
もちろん、農家の方のIoT導入目的によっては、この程度のコストでも高すぎると思いますし、そもそも、このコストで実現するためには、自身でIoTシステムをつくるためのスキルが必要になります。
ただいずれにしても、この程度のコストでIoTシステムを長期間稼働できたことで、小規模農家の方々がちょっとしたデータを取りたいというようなニーズにおいて、このようなやり方にも何らかの可能性があることを示せたのではないかと思います。